はじめに
異世界系のマンガや悪役令嬢系のマンガを読んでいると、横柄な態度でふんぞり返っている貴族をよく見かける。言動は私利私欲に塗れていて他人の話をまったく聞かない。にも関わらず、社会の制度として地位を与えられた権力者になっている。
そして、往々にして頭が悪い。
人を動かそうとするときのカードは「金」、「脅し」、「暴力」のみだ。疑わしきは罰せよの精神で、話を聞かずに攻撃してくる。究極的に理不尽であり、もはや内面はモンスターと同類である。ヘタに外見が人間的であり言葉を発するため、読んでいるこちらはイライラしてしまう。
しかし、この理不尽を生み出す貴族は必ず成敗される。必ず成敗される悪ならば、読者をイライラさせればさせるほど、爽快なカタルシスを味わえる。そう考えるとこの貴族たちは漫画としては非常に「優秀」なキャラクターなのかもしれない。この「カタルシス」という合法的に悦に浸れる脳内ホルモンをドバドバ分泌させる素晴らしい仕組みを、このジャンル界隈では「ざまぁ」と呼ぶ。悪役令嬢系のマンガにも、この「ざまぁ」を生み出す装置として王族が登場する。

さて、今回私が読んだ「今度は絶対に邪魔しません」というマンガも、舞台は悪役令嬢テンプレートに倣っている。この作品もジャンルとしては「ざまぁ」要素がある恋愛で間違いないのだが、他のテーマがあることを発見した。
それが「貴族の在り方」だ。
この作品に出てくる一部の貴族には、もうそれはそれはとにかくものすんごく「気品がある」のだ。思い出しただけで、私の語呂が一瞬にしてバカになるくらいの美しさがある。他の作品とは一線を画している「貴族観」がある。もちろんこれは、私が読んで勝手に妄想して加えたテーマなので作者の思惑は知らない。
この記事では、1巻を読んで感じた「作品の魅力」や主人公であるヴィオレットの「貴族観」を私個人の主観マシマシで紹介していきたい。
特に1巻67ページのとあるセリフは圧巻。この言葉を発した主人公ヴィオレットから目が離せなくなり、全巻揃えている。(あと絵も最高。この原作にはこの絵師しかいなかったんじゃないか?ってくらいマッチしている)
※ネタバレありです。気になる方は注意してお読みください。
どんな主人公?
まずは主人公のヴィオレットはどんな人物なのか?
冒頭の流れを解説しながら漫画としての魅力も伝えたい。

この女性キャラが主人公のヴィオレット・レム・ヴァーハンだ。
こんなビジュアル嫌いなやつは存在しないのは間違いない。キャラデザ良すぎ。
ただ、彼女は悪役令嬢だった。
母が死に、妾である新しい母の娘にキツく当たる嫉妬の権化だった。その嫉妬はついに殺人未遂にまで及び、断罪される。しかし、時が巻き戻りやり直しのチャンスが与えられ心を入れ替えて人生をやり直すこととなった。
このパターンは悪役令嬢作品によく使われる。
悪役令嬢と呼ばれているが、本当は周りが勘違いしていただけで冤罪でしたというパターン。このパターンは主人公が圧倒的に正義なので下剋上テンプレートとしては優秀だと思うが、デメリットが2つある。
1つは敵役の頭をサイコパスレベルで悪くしないといけないので心理描写が雑になる。敵側の事情というものがかなり薄っぺらくなってしまう。システム的にそうせざるを得ないのだ。
もう1つは、主人公が最初から良いやつなので、環境的に成長しなくても良い。つまりこれまた心理描写が雑になる。主人公にとって理不尽な前半は逆境ではあるが、その逆境を跳ね除けたところで常識の範囲内に戻るだけなのだ。その構造では主人公側の事情も薄っぺらくなってしまう。システム的に。
つまり、心理描写が機微レベルにできないため、どうしてもコメディ乗りのパワープレイが目立つ。
いや、それはそれで好きなんだけどね。
しかし、ヴィオレットは違う。ちゃんと悪役だった。
妬み、嫉みによる悪質な行為を繰り返し、憎しみ対象である義妹を殺そうとまでした。まごうことなき悪役令嬢なのだ。悪役令嬢の鑑とも言える。
その背景には、妾への嫉妬が原因で実の母が死んでしまった、つまり「妾の存在が母を殺した」と言い換えてもおかしくない。しかも肝心の父親は正妻であるヴィオレットの母を毛嫌いしており、娘にもきつく当たっていた。とんでもなく過酷な運命なのだが、殺人未遂はやりすぎというのが世の常なのだ。
自分は与えらなかったのに、何も苦労もせず全て与えられた義妹への憎しみ。
「運が悪くて苦労してる人」と「運が良くて苦労を知らない人」の対比構造。こんなケースは現実世界でもそこら中に存在している。だからやるせない気持ちが痛いほどわかる。
しかも彼女は家族の愛だけではなく、婚約者からの愛も奪われた。
ヴィオレットは牢獄で人生を振り返る。
なぜこんな人生になってしまったのか?
本来なら怒りで狂ってしまうか、精神を病んで思考停止になる思い出たちだが、牢獄という特別な環境がヴィオレットの冷静さを取り戻すこととなった。
ヴィオレットの出した答えは、

単純だ
彼女は愛される人間で
私は愛される人間ではなかった
それなのに欲しがって手を伸ばしたから
罰が当たったんだわ
悲しいかな、諦めの思考。でもこの心理描写も好き。
「私がもっと受け入れていれば」とか「もっと割り切っていれば」みたいな理論的な正解っぽさを出さない。すごい人間臭い心理だと思う。
そして長い投獄生活の末、死の瞬間は訪れる。
最後に思うのは、

私は、ただ愛されたかっただけ
ほんとそれ。感情ぐっちゃぐっちゃで色んな行動をしてしまったけど、すべての原因は「愛されたかった」だけだったんだ。なんか漫画だけでなく、現実の事件とかでも根本の原因として芯食っちゃうような言葉。それが「ただ愛されたかっただけ」。
そして、目覚めた時には時間が逆行していて、前世の後悔を胸にひめ、たびたびならぬ想いで「今度は絶対に(義妹の)邪魔しません」という決意をしてタイトル回収。
これが冒頭のくだり。
すごい。
素晴らしくないですか?
何がすごいって、この無駄のない流れと細かい背景構成。
目覚めてからの話では、やり直す前とやり直した後の違いが描かれているのだが、これもまた良い。
ヴィオレットの言動が変わったことで周囲が驚くのではなくて、ヴィオレットの視野が広くなったおかげでじんわり運命がズレていく感じになっている。
1つ1つの表情も丁寧で何度も読み返しちゃう。
本題 : 圧巻の貴族観を魅せた場面
本題の場面を紹介する前に義妹メアリージュンについて補足する。
「今度は絶対に邪魔しません」の貴族を語る上では彼女がキーマンとなる。

彼女は妾の子。つまり「平民上がりの令嬢」なのだ。生まれてから公爵家で育った大貴族の令嬢であるヴィオレットとは価値観が大きく違う。言い換えれば「読者の代弁者」でもある。
現代社会では貴族という文化はほぼ絶滅している。私たちの貴族観は、今まで見た何かしらのフィクション作品の影響を受けたイメージでしかない。おそらくメアリージュンの貴族観も読者と同じレベルに設定してある。だからこそ彼女は貴族の基本である「身分史上主義」に当たり前のように疑問を持つ。
では本題の「圧巻だったヴィオレットによる貴族の魅せ方を描いたシーン」を紹介する。
そのシーンは1巻60P。貴族たちがメアリージュンを取り囲み「平民」を排除しようとするシーンだ。
この場面のヴィオレットのセリフがあまりにも衝撃的だった。
貴族のご令嬢たちに人気の少ない庭に連れてかれるメアリージュン。
そして、その気配に気づき跡を追うヴィオレット。
まず、メリージュンは他の貴族に喧嘩をふっかけられる。

あなた
よく堂々と学園へ通えますわね⋯⋯!
ヴィオレット様がお可哀想⋯⋯!
お嬢様方の言葉を要約すると
「妾の子であり平民出身なんだからヴィオレットに遠慮しろよ!私なんかかが生きててすいませんって態度を全面的に出してもっと謙れよ!」
と言っている。
表向きはヴィオレットを守るための発言と捉えることもできるが、ヴィオレットを利用して自分の憂さを晴らしているだけなのだ。やり直す前のヴィオレットは自分を擁護する貴族たちを自分の味方だと鵜呑みにしていたが、今は違う。どちらの視点も持ち静観することができている。
(ちなみにこの「憂さを晴らす」という表現もヴィオレットが使った言葉なのだが、この言葉選びが素晴らしすぎる。言語化がうまいなぁ、と感心してしまう)
さらにメアリージュンに対するねちっこい追撃が入る。
ただの愛人が子を産んで後妻に収まるなんて
どんな手を使ってご当主をたぶらかしたのかしら?
さすがの口撃に、ヴィオレットが自然を装って助けに入ろうとしたが、メアリージュンがすかさず反撃にでる。
お母様はそんな人じゃない⋯⋯っ!⋯⋯あなたたちに何がわかるんですか?
一人を取り囲んで恥ずかしいのはそっちだわ!
生まれや身分で人を判断するなんて
心が貧しい証拠じゃない!
メアリージュンの攻撃力は予想以上に高かったようだ。
貴族のやっかみに対し「心が貧しい証拠」は図星すぎるご令嬢たちにとってはあまりにも切れ味の良い刀だった。
思わず逆上した貴族が手を振りかざしたところで、ヴィオレット登場。


妹が失礼をいたしました
妹の非礼についてはすぐに謝罪し、

彼女の生まれも身分も私が保証します
ご心配には及ばなくてよ
と貴族を退ける。いやスマートすぎる。
ここの「ご心配には及ばなくてよ」の言葉選びもまた素晴らしいのだが、この表情、ほんの少し「圧」が見える絶妙の表情。上手すぎる。
この場を上手く収めたヴィオレットはメアリージュンに対し、

今後あのような言動は慎むこと。自分の立場を弁えなさい
と叱咤する。
しかし、どうにも納得できないメアリージュン。
なぜなら、「自分は間違ったことを言っていない」という自信があるから。
弁えるってなんですか⋯っ
あんなひどい事を言われても、貴族なら笑って耐えろって事ですか⋯!?
そんなの間違ってます!
このセリフ、初見はめちゃくちゃ同意だった。
「弁える = ぜんぶ我慢しろ」と言っているようなものだ。メアリージュンはただ学園に登校しただけだ。なのに自分を卑下され、母まで侮辱するような言葉を浴びせられたのだ。
そんなの嫌だ。認めたくない!
ヴィオレットは人生やり直して達観してるかもしれないけど、ちょっとそれは全てを諦めすぎなんじゃないか!?と思った。
そして、このメアリージュンが読者を代弁した主張を叫んだその返し。
この返しが私の衝撃を受けた場面だった。
メアリージュン
⋯⋯確かに貴女の言い分は正しいかもしれない
ヴィオレットの答え

では
貴女と相容れない者は悪かしら?
この問いかけ、やばすぎる。
この言葉⋯⋯、出せる?
生粋の貴族として生きてきて、そのまま息たえた死の境地のなかに見出したヴィオレットだけの言葉でしょ。
この言葉を生み出した?いやヴィオレットに言わせた作者はすごい!
作者は元貴族なの?マジもんの貴族が現代に転生してきた?それぐらいじゃいと出ないよこのセリフ。私が何年生きて何回人生繰り返してきてもこのセリフは出ない。
これ、意味合い的には次のセリフが説明している。
貴女と違う正義を信じるものだっている
何が悪かなんて誰にもわからない
だけど私たち貴族はそれを決める権利がある
その代わりに人々の上に立ち導く者として
ふさわしい言動が求められている事を決して忘れないで
「人それぞれに正義があるから何が悪かわからないでしょ?」ってことなんだけど、そこじゃない。
理不尽に打ちひしがれて、それでも自分は正しいと信じて決めつけていたメアリージュンに対して、一言で冷静さを取り戻させて「貴族」を分からせた。
その1発目の問いかけとして
では
貴女と相容れない者は悪かしら?
このセリフがすごすぎる。
貴族すぎるって。
そして美しい去り際。

まず大前提として「善」と「悪」は人の数だけ存在する。
それが確定した上で貴族は「善」と「悪」を決める権利がある。
これは「とんでもない重みの権利」だ。
だからこそ
その責任こそ
貴族が貴族たる所以
と、ヴィオレットは説いている。
以上が、私が衝撃を受けた場面だ。
自分と相容れなかったら、それはすべて悪なのか?
それにしても、この問いかけは凄すぎる。
何かに不満を持ったり理不尽にイライラした時、一瞬で冷静になれる。
いやー、⋯⋯これが貴族かっ!!
悪を決めることができる力を持っているからこそ、この視点が必要なのか。
貴族かっこよ。
何度読んでもめちゃくちゃ美しい。
私もメアリージュンと同じように「お姉様」と崇めたくなる。
もうここからはヴィオレットというかこの作品の虜なので、もうすべてのキャラが好き。
クローディア王子もめちゃくちゃ推せる。
あ、いや、やっぱり父親だけは好きになれん。
|
おまけ
メアリージュンのデフォルメかわいい
